がん治療センター

甲状腺がん

甲状腺がんの特徴

甲状腺がんは、がん全体のうち1.1%を占める比較的発生頻度の低いがんですが、いろいろなホルモンを分泌する内分泌腺に発生するがんの中では最も頻度が高いものです。統計によって差がありますが、男女比1:3.4~6.1と女性に多いがんです。好発年齢は男性で50歳代、女性で40歳代ですが、女性では若年(20歳代)からみられることがあります。生活習慣と発がんの間に関連はなく、放射線被曝によって発がんが増えることが知られているだけです。チェルノブイリ原子炉事故後の被爆で甲状腺がんが多発しました。ほとんどの場合、進行はゆっくりで予後(病気の将来のこと)は非常に良いことが多く、安全で有効な治療法があります。甲状腺にできるしこりのうち約20%ががんと推定されています。甲状腺がんには、乳頭癌、濾胞癌といった分化癌(元となった甲状腺細胞の性質をよく残している癌=分化度が高い)、未分化癌(より原始的な細胞からなり、分裂や増殖が無秩序である癌=急速に大きくなる)、そのほか髄様癌、悪性リンパ腫、扁平上皮癌に分類されます。わが国ではおよそ80%が乳頭癌で、濾胞癌はおよそ10%、その他の癌はそれぞれ1~2%です。

甲状腺がんの症状

甲状腺がんの症状は、通常前頚部にしこりを触れるだけです。長年放置して大きなしこりになると気管や喉頭を圧迫して、飲み込みにくい、圧迫感があるといった症状を引き起こします。甲状腺のそばには声帯を動かす神経(反回神経)があるため、腫瘍が周囲に広がると、声がかすれるなどの症状がでることがあります。 自覚的な症状が全くない人も多く、ほかの理由で行った胸部CT検査や超音波検査(エコー検査)で偶然に見つかることも少なくありません。 大部分のがん(乳頭癌=甲状腺癌の80%)は、非常にゆっくりした経過をたどるので、甲状腺がんになっていても、気づくことなく一生を終える人も少なくありません。 ただし、未分化がんだけは、異質な経過をたどります。急激に大きくなる頚部の腫瘤、痛み、呼吸困難、嚥下困難など多彩な症状が、ときにはほんの数日のうちに現れます。

甲状腺がんの診断

手で触る触診、超音波検査(エコー検査)、CT検査が基本的な診断です。また、周囲に癌が広がる(浸潤する)と声帯の麻痺を起こすことがあるので、声帯の動きや喉頭、気管内への浸潤を確認するために、喉頭内視鏡検査を行うこともあります。 しこりに細い針を刺してがん細胞の有無を調べる穿刺吸引細胞診は信頼性も高く、組織型の推定に役立ちます。 甲状腺シンチグラフィ、MRI検査なども行うことがあります。 特異的な腫瘍マーカーはありませんが、血液検査による甲状腺機能検査(甲状腺ホルモンの測定)や、甲状腺自己抗体の測定は、病気の鑑別のために有用です。また、髄様癌では血中のカルシトニンやCEAといった検査値が高くなることがあります。

甲状腺がんの治療

甲状腺がんに対する治療は腫瘍(しこり)を取り去る外科的治療が基本です。ただし、検診などで偶然発見された1cm未満で微小な乳頭癌に対しては、経過をみるという選択枝もあります。多くの乳頭癌、濾胞癌、髄様癌は手術のみで完治が可能です。抗がん剤の治療は必要ありません。ただし、多くの場合は甲状腺ホルモンの服用は必要となります。一部の進行した乳頭癌、濾胞癌では放射性ヨード治療が必要となることがあります。

A.手術的治療法

甲状腺の手術に特徴的な合併症としては、反回神経麻痺があります。一側だけの反回神経麻痺では声がしゃがれる、水分でむせやすくなる、などの後遺症が残ります。したがって、神経ががんに巻き込まれていなど切断せざるを得ない状況にないかぎり反回神経は残します。 甲状腺全摘術や大部分を切除した場合には、残った甲状腺が十分な甲状腺ホルモンを作れない(術後性甲状腺機能低下症)ので、「チラージンS」という甲状腺ホルモン剤を一生涯服用する必要があります。とはいえ、ホルモン剤といっても不足している分を補うだけでもともと甲状腺が作るものと同じものを内服するので、副作用の心配はまったくいりません。 また、甲状腺全摘術などで副甲状腺の機能低下がおこり血清のカルシウム値が低下している場合には活性化ビタミンD3を一生涯にわたり服用する必要があります。

甲状腺部分切除術 甲状腺の片側に限局した腫瘍がある場合には甲状腺をおよそ半分摘出します。通常甲状腺機能は残りますが、あとで述べるTSH抑制療法を行うため、術後には甲状腺ホルモン内服を行うことが多いです。

甲状腺全摘術

甲状腺の両側に腫瘍がある場合や、転移や周囲への浸潤など病気がある程度進行している場合には甲状腺を全部摘出します。 甲状腺の背側(後ろ)には、副甲状腺があります。通常4つある副甲状腺は可能なら温存しますが、十分に機能が残せないとき(術後性副甲状腺機能低下症)には血液中のカルシウムが低下し、指先や口の周囲のしびれ(テタニーと呼びます)がおこることがあります。術後性副甲状腺機能低下症がみられた場合は活性型ビタミンD3を一生涯内服する必要があります。

B.放射性ヨード治療

甲状腺はヨードを取り込んで甲状腺ホルモンを作り出しています。体に取り込まれたヨードはほとんどが甲状腺に集まります。乳頭癌や濾胞癌といった分化癌は、甲状腺細胞の性質(=ヨードを取り込む)を受け継いでいることが多く、この性質を上手く使ってがん細胞のみを殺すことができます。 具体的には放射線を出すタイプのヨード(放射性ヨード)を服用します。体のどこかに潜んでいるがん細胞はこの放射性ヨードを取り込んで、そこから出る放射線で死滅します。たとえるなら、がん細胞だけに毒を食わせ自滅させることができるのです。 ただし、ヨードはがん細胞に比べて正常の甲状腺細胞の方に100倍以上取り込まれるので、この治療法が成り立つのは甲状腺全摘術を行った後だけです。主に進行した甲状腺がんに対する治療法です。

C.TSH抑制療法(ホルモン療法)

主に術後の再発予防のための治療法です。 甲状腺は、脳下垂体から分泌されている甲状腺刺激ホルモン(TSH)の命令により甲状腺ホルモンを分泌しています。脳下垂体は、甲状腺ホルモンの不足を関知するとTSHをよりたくさん分泌して「甲状腺にもっと働きなさい」と刺激します。逆に甲状腺ホルモンが足りているとTSHの分泌は抑制されます。 甲状腺がんの90%を占める分化癌(乳頭癌や濾胞癌)は、もともとの甲状腺細胞の性質を受け継いでいるので、TSHが多く分泌されているとがん細胞の増殖が活発化し、逆にTSHが少ない状態になるとがん細胞の増殖が抑制されます。 手術後に十分な量の甲状腺ホルモンを内服して、過剰なTSHの分泌を抑えて甲状腺がん細胞が刺激されないようにします。体内で作られるホルモンと同じものを内服し、過剰になりすぎないように調節して服用しますので、副作用の心配はまずありません。

文責:耳鼻咽喉科 小山 徹也

ページTOPへ