院長あいさつ

 2019(平成31)年3月15日、当院は開設100周年を無事迎えることができました。
 1919年(大正8年)、当院は内科を中心とする「済生会福岡診療所」として開設されました。
それから大正・昭和・平成と時代の流れに寄り添い、時代ごとに求められる姿にその形を変えながら、現在は福岡・糸島二次医療圏における中核病院として…

院長 松浦 弘

済生会福岡総合病院の100年

  • 1911[ 明治 44 年 ]

    不況や災害により貧困にあえぐ多くの国民を救うため、明治天皇は時の内閣総理大臣、桂太郎を召され、「医療を受けることができないで困っている人たちに施薬救療(無償で治療すること)し、済生の途を弘めるように」というご趣旨の『済生勅語』とその御手元金150万円を下賜され、1911年5月30日に恩腸財団済生会が設立された。

  • 1919[ 大正 8 年 ]

    1914年に福岡県支部が発足し、5年後の1919年3月15日、福岡市中央区天神の現在地に福岡診療所として開設した。佐野藤太郎を所長に内科診療を開始した。済生会創立の精神のもと、隣接町村の生計困難な患者をはじめ、離島診療、災害時診療、健診事業など、保健・医療・福祉の増進および向上に必要な諸事業に邁進した。

  • 1923[ 大正 12 年 ]

    済生会福岡県福岡病院へ昇格。病床数は20床、初代院長に多賀憲が就任した。附属建物、看護婦宿舎を含む増築を完了し、戦前の済生医療を支えた。
    1日20~30人の患者が来院し、また入院を必要とする患者が常に定員を超過していたが、経費不足のため全病棟を利用することができなかった。また診療も内科を主体としていたため、外科の重症患者はほとんど他の専門外科医に委託していた。

  • 1940[ 昭和 15 年 ]

    小泉猶一第2代院長就任。
    戦時下では内科・外科ともに出征医師の医局員が増え、病院は益々手薄になっていった。

  • 1945[ 昭和 20 年 ]

    空襲に備えて資材のほとんどを早良群脇山村へ疎開させたおかげで戦災を免れ、逸早く診療活動に奔走できた。
    1945年9月、引揚者援護活動から診療を開始。戦災孤児収容施設への出張診療など貧しい医療事情の中で活動を続けた。

  • 1946[ 昭和 21 年 ]

    田代英太郎第3代院長就任。

  • 1949[ 昭和 24 年 ]

    1948年に医学実地修練病院として指定され、翌年から修練生の指導を開始。第1期生は11名。1961年までに卒業生は119名にのぼり、医学界における重鎮も数多く輩出している。

  • 1952[ 昭和 27 年 ]

    社会福祉法人の認可を受け、社会福祉法人福岡県済生会福岡病院と改称。また福岡市医師会准看護婦養成所実習病院として実習を開始。1955年には福岡県済生会准看護学院を開校した。

  • 1956[ 昭和 31 年 ]

    鉄筋コンクリート造4階建ての新館が落成、総合病院の認可を受けた。総合病院としての機能をますます充実し地域医療との関係を深めながら発展を続けた。

  • 1964[ 昭和 39 年 ]

    土屋呂武第4代院長就任。

  • 1965[ 昭和 40 年 ]

    済生会福岡総合病院と名称を改め総合病院を標榜する。翌年、福岡県告示の救急病院の指定を受けた。昭和40年代はいわゆる患者たらい回し事件に見られるような休日夜間の医療不在問題や、車社会の発展に伴う交通事故の多発が大きな社会問題となった時代。このような背景のもと救急医療体制を確立していった。

  • 1968[ 昭和 43 年 ]

    交通災害救急センターを併設する8階建の本館が完成。ICU病棟を持つ救急部を設置し、救急医療の先駆的施設として医療活動を展開していった。

  • 1971[ 昭和 46 年 ]

    小呂島の無料定期診療を開始し、地域医療福祉活動に積極的に取り組んだ。

  • 1980[ 昭和 55 年 ]

    従来の交通災害救急センターの機能をさらに進めるかたちの救命救急センターを開設した。外来救急処置室、熱傷センター、ICU、CCUなどを設置、新館が完成。病床数390床に増床。最新設備を整えた福岡地区における救命医療の中核病院としての機能が完成した。
    福岡地区3次救急医療施設(救命救急センター)の指定を受ける。

  • 1987[ 昭和 62 年 ]

    小川滋第5代院長就任。

  • 1998[ 平成 10 年 ]

    岡留健一郎第6代院長就任。
    地域の医療機関との連携強化、情報共有を目的に病診連携室(現:地域医療連携室)を立ち上げた。専門医に関する問い合わせから受診・検査依頼の受付まで即座に対応できる体制を整え、安心して患者さんを紹介できる病院を目指した。

  • 2000[ 平成 12 年 ]

    ヘリポートの運用を開始し、ドクターカーと合わせてへき地、離島、洋上救急医療などに対する救急医療体制を確立した。

  • 2002[ 平成 14 年 ]

    9年の歳月をかけて現在の建物となる地下4階、地上14階の新病院が完全竣工した。24時間離着陸可能なヘリポートを配備し、総病床数390床(一般病床324床、救命救急センター66床)の総合病院に生まれ変わった。

  • 2004[ 平成 16 年 ]

    厚生労働省指定臨床研修病院に認定された。新医師臨床研修制度による初期臨床研修医第1期9人を受け入れ、医師育成に一役買っている。以後毎年12人の研修医を受け入れており、2005年には医師育成のための臨床教育部を設立した。

  • 2008[ 平成 20 年 ]

    福岡県より「福岡県災害派遣医療チーム(福岡県DMAT)」の指定を受ける。
    東日本大震災(2011年3月)や熊本地震(2016年4月)、九州北部豪雨(2017年7月)の際も出動要請を受け、被災地での災害医療に従事した。

    福岡県より「地域がん診療連携拠点病院」の指定を受ける。地域の中心的役割を担うべく、がん医療に力を注ぐ。

  • 2010[ 平成 22 年 ]

    地域医療支援病院の指定を受ける。より緊密な医療連携を構築するため、地域医療連携室に専任の看護師を配置、MSW(医療ソーシャルワーカー)を増員して、地域医療を支える。

  • 2016[ 平成 28 年 ]

    治療や健診など外国人受診者受入れに適した医療機関として、受入体制や取組みを評価され、日本国際病院(JIH:Japan International Hospital)に認証病院として認められた。年々増加傾向にある海外からの渡航受診者にも安心・安全で質の高い医療サービスを提供できるよう邁進している。

  • 2017[ 平成 29 年 ]

    松浦弘第7代院長就任。
    がん治療センターを開設、翌年には消化器センター、呼吸器センター、入退院支援センターを開設した。患者さんや地域の先生方にとって、快適な受診環境を整備し、地域医療への貢献に努める。

  • 2019[ 平成 31 年 ]

    明治天皇の「済生勅語」により「生活困窮者を済(すく)う」ことを目的に設立されてから、2019年で済生会福岡総合病院は100年を迎えます。
    これからも済生会創立の精神を引き継ぎ、「当院に求められていることは何か」ということを常に考えながら地域に根ざした医療福祉活動を推進してまいります。